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教育現場で見つけた「何でやねん!」な事 (3)

教育現場で見つけた「何でやねん!」シリーズ、その3です。

兵庫県では先日、高校の推薦入試の合格が決まりました。
高校の私学受験や公立の推薦入試の時に、聞かれたり書かされたりすることがあります。
「当校を選んだ志望動機は何ですか。 当校でどんなことをしたいですか。」
この質問が今回の「何でやねん!」その3です
ほとんどの中学生の本音は、
「志望動機って?特にないし。 したいこと?そんなん分からへん。」
そんなもんでしょう。

勿論、中学生にとっての憧れの高校には、立派な志望動機を抱えて目をキラキラと光らせ、
たくさんの優秀な受験生が集まってきます。
高校にとっても受験生にとっても、意義のある会話が成立します。
しかし、全部が全部そんな高校や受験生でもないでしょう。
おそらく半数以上の受験生は、特に自分の未来像をはっきりと持っているわけではなく、
自分の学力にあった限られた範囲の中から志望校選んでいるのでしょう。

15歳の少年が何十とある高校を調べて、自分の志望校を選び出す能力はないし、
高校も中学校もそんな働きかけなどほとんどしていないはずです。
やはり、志望校を決定するのは主に学力になってしまいます。
学力の高い生徒は選択肢が広く、低い子は選択肢が狭くなる。
それが現実です。

なのに何故、ほとんどの高校で志望動機を聞くのでしょう。
「はい、・・・・・・・・。」と、堂々と答えられる生徒はいいですが、
「先生からこの学校にしろと指導された。」
「近くで、交通費が安いから。」
「この学校しか受けられなかった。」
「友達と一緒に受けたかったから。」
本音ではこう答えたい生徒達は、どうすればいいのでしょうか。

結局現実には、受験生は本音ではない建前の文章を書くしかありません。
いかにも本当に思っているかような、上手な文章を書く練習をしています。
日本人が得意な、本音を隠して建前で世の中を渡っていくやり方。
大げさに言えば、15歳から上手な世渡り術の練習が始まります。

高校の側に少し聞きたい。
受験生に志望動機を書かせるということは、
中学生達に自分たちの学校を誉めよということですね。
そんなにあなたがた全ての高校は立派ですか。
それを中学生にちゃんとアピールしていますか。
もし、あなたの高校の問題点を受験生に指摘されても合格にしますか。
上手に建前の文章を書いた生徒を、もっと上手になるよう指導するのですか。

日本の15歳の少年はまだまだ未熟です。
まだ自分の確固たる意志や将来像を持っていなかったり、
自分の意志を十分に伝えられない、そんな不器用な子がたくさんいます。
そんな子も高校に入れて、教育してやって下さい。

全ての学校で全生徒に志望動機を聞く必要はないでしょう。
受験の時に志望動機を聞くことよりも、
卒業時にこの学校で学んだこと事や学び足りなかったことを聞き、
それを学校の宝にした方がいいのではないですか。

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教育現場で見つけた「何でやねん!」な事 (2)

「政治集会に出るのに、なんでいちいち学校に届けなあかんねん。」
教育現場で見つけた「何でやねん!」シリーズ、その2です。

私に可愛い高校生の娘がいたとします。ほんまはいないけど、いたとします。
父親嫌いで無愛想な娘です。でもこちらは、ほとんど溺愛です。
そんな娘があるとき父親に、
「〈ティーンズ ソウル デモ〉に行ってくるけど、かまへんか。」と聞いてきました。
「かまへんけど、父ちゃんに断りを入れるなんて珍しいなあ。」
「学校に届け出を出すのが嫌やから、代わりに父ちゃんに言うとこと思て・・・。」
「ふ~ん。よし分かった、行ってこい。父ちゃんが責任を持つ。」
「うん、アリガト。」
「き、気いつけてな。」

感激の父ちゃんは、「制服向上委員会」のメンバーになった娘を妄想したりしています。



受験や遊びや恋話だけでなく、政治や将来の事を考えている子や孫は、
私たちにとって自慢の未来人です。
ろいいろな所に参加して、いろいろな経験を積んでもらうことは大歓迎です。
ところが今の高校は、生徒を一人前として扱っていません。

先日文科省は「高校生の政治活動 Q&A集」を作成したと発表しました。
「文科省Q&A」

高校生が政治集会に参加することを、学校に管理させようとしています。
また、いくつかの自治体では事前に届け出をさせることを検討しています。
残念ながら、我が神戸市もその1つです。

元々1969年10月に、文科省は学校内外を問わずに政治活動は事実上禁止するという、
トンデモ通知を出していました。憲法違反もいいとこです。
しかし、文科省は今年10月、公選法改正による選挙権年齢の引き下げを受けて、
校外では原則認めるという新たな通知を出しました。
それでも、学校はこれまで通り生徒達を縛り続けたいと思っているようです。
届け出制は生徒達を萎縮させるに十分な効果を持っています。

文科省や学校は自分たちを、何様だと思っているのでしょうか。
学校から出れば、こども達は校則から自由です。
学校外でのこども達の行動を、校則で縛ることはできません。
また、学校はなにをそんなにびびっているのでしょう。
こども達が政治活動をしようが何をしようが、学校がその責任を負う必要もありません。
けがをすれば救急車が来るし、悪いことをすれば警察がとんできます。
そして、全ての責任は保護者である親や家族が取ります。
親にその能力がない場合は、社会が引き受けます。
学校はその社会の一員にしか過ぎません。

文科省は、能力もないくせに子どもの教育を管理しようとするな。
学校は、文科省ではなく子どもの側に立って、もっと毅然としろ。

教育現場で見かける「何でやねん!」な事(1)

零細学習塾という教育の端っこに棲む者としては、
一番の関心事はやはり、こども達の教育に関するさまざまな事柄です。
ここしばらく、教育現場で見かける「何でやねん!」な事について、
ぼやいてみたいと思っております。
そう思って書こうと用意していたら、今日は各地で大雪。
ぼやこうとしたことの順番を変えて、最初は冬の受験についてひと言。

「なんでこんな寒い時期に受験せなあかんねん。」

雪 京都

こんな景色を見る度に、瀬戸内温暖気候に住む人間として申し訳なく思っています。
東京でさえ大雪なのに、神戸は全く雪は降っておりません。
豪雪地帯に暮らす皆様には、心からお見舞い申し上げます。

それでも、こんな恵まれた神戸の中学3年生にもインフルエンザがやってきました。
今の内にかかっといて良かったなという考えもありますが、当然大きなロスです。
とにかく、中学3年生や高校3年生の受験生や保護者にとりましては、
これからの時期は風邪やインフルエンザとの闘いであります。
まして雪国に暮らす受験生にとっては、交通機関の確保に困難な時期でもあります。

ずっとずっと前から、「入学試験はもっと気候のええ時期にやったりいな。」
周りからも言われ続けています。
でも、変わることが苦手な、変えることに臆病な大人達は、一向に変えようとはしません。
日本の制度はほとんど、変える気になればいつでも変えられるものばかりです。
日本の制度が変わらないのは、今のままだらだらやっている方がよっぽど楽なので、
わざわざしんどい思いしてまで変えようとは思わないという、
おじさん達の大人の事情からです。
小さな事さえ変えられない国は、大きく変化しようとしている世界情勢の中で、
1人取り残されてしまいそうです。

自分たちは寒い時期に受験を経験したけれども、
後輩にはもっといい時期に受験を迎えさせてあげたい。
そう思った人は、いい機会があります。
今年から18歳になれば選挙権を手に入れられます。
自分が気づいたほんの些細なことからでも国や自治体を変えていこうと思ったら、
政治の力に期待をして、積極的に政治に参加して欲しいものだと思っています。

取りあえず受験生の皆さん、
この冬に無事に全力を出し切って、楽しく暖かい春を迎えて欲しいと願っています。


松岡修造氏のお言葉と、うらやましいほど素直なこども達

今日のお昼ご飯、ぼおーっとテレビを眺めておりましたら、
どこかのちょっと大きな学習塾の風景が映っていました。
松岡修造氏の日めくりカレンダーが現在大好評で、
この塾でも、各教室に教訓としてこのカレンダーを掲げているとのことです。
そして、小学校高学年か中学生らしき子達が映され、
いつも松岡氏の言葉に励まされると、うれしそうに言っていました。

松岡修造calendar

へー、こんなこんな単純な言葉でこども達を励ますことができるのだ。
へー、こんな紙の上の印刷文字が真っ直ぐにこども達の心に届くのだ。
何ともうらやましい。
私などは毎日の塾で、
どうやったらこども達に自分の言葉が届くのか、
どうやったらこども達の本心の言葉が聞けるか、
毎日四苦八苦です。

さすが、実績のあるスポーツマンには叶いません。
どんな時でも前向きに語れる精神力には叶いません。
私などは、例え相手がこどもであっても、自分が正しいと思っている事であっても、
教訓を垂れるような言い方は、恥ずかしくてできません。
満面の笑顔で、テレビやカレンダーで自信満々に自説を垂れる松岡修造氏には、
ただただ敬服するばかりです。

ただ、気になったのは松岡氏を礼賛するこども達です。
そんなに素直に、文字の意味だけを無条件に吞み込むだけでいいものかと。
言葉は、誰がいつどんな時に発した言葉か、受け手がいつどんな時に受け取ったか、
それによって変わってくるものです。
無条件な素直さには、少し不安を感じてしまいます。

私の小さな塾にも、素直な子もいれば、一筋縄ではいかない子もいます。
すぐに「はい」や「ごめんなさい」が言えない子や、
私の言葉を理解してくれていても、ひねくれた返事しか返さない子もいるし、
誉めてあげても素直に受け止めようとしない子もいます。
思春期・反抗期の子は元々ややこしいものです。

でも、私はそんなややこしい子達が可愛くて仕方ありません。
素直に抵抗なく何でも吞み込んでしまう子よりも、
訳も分からなく逆らってしまう子とか、自分を素直に表現できない不器用な子とか、
あちこちにぶつかりながら成長する子が好きです。

以上、単なるのろけになってしまいました。

ところで、松岡修造氏カレンダーの言葉で、
「崖っぷち、だーい好き」と書いてありますが、
これは本当の崖っぷちに立ったことない人の、本当にお気楽な言葉ですね。
これがこの人の芸風なのかもしれないけれど。

「早朝練習はイヤ!」って、言うたらええのに

中学生は忙しい。
夜に塾で出会う子は、眠そうな子が結構多い。
朝から3時頃まで勉強。放課後はクラブ活動。
家に帰ってからは宿題。塾へ行く曜日もある。
見たいテレビはわんさとあるし、ゲームもしたい。
スマートフォンなど持ってたりすると、目が離せない。
土日もクラブ活動やら、試合がある。
のんびりできる日は余り多くない。
時間を奪っている塾のおじさんが言うのも変ですが、
話を聞いていると、本当にこども達はしんどそうです。

こどもに自由な時間を与えると、ボオーッと無駄に過ごしてしまので、
親はこども達に余り自由な時間を与えたくないようです。
学校の宿題はたくさん出して欲しい。
こどもが勉強をしている姿を見れば、親はほっとする。
放課後はできれば運動部でがんばってほしい。
街中の中学校では、運動部の種目などほんの少ししかないけれど、
文化部よりは運動部の方がいいと思っている。

朝日

その考えの延長で、運動部の早朝練習があるようです。
学校の始業前7時とか7時半とか、早くから登校しています。
こどもも親も教師も大変です。
親は早朝から起きて弁当の用意をしなければいけません。
こどもも夜は遅いので、睡眠不足で出かけたりします。

そして、教師のこの早朝出勤の時間外手当は、どうなっているのでしょう。
手当が出ていなければ不当な労働に当たるし、
手当が出ていれば、クラブの生徒の保護者が負担するのでしょうか。
何か全てあやふやなまま、行われているのではないかと思ってしまいます。

根本的な問題として、中学生が早朝練習をする必要があるのでしょうか。
それを、指導者や親が本当に考えてのことでしょうか。
どこかの学校でやっているから。誰かがやっているから。
早朝練習をやっていると、いかにも頑張ってやっているように自己満足できるから。
誘われたり、要求されたら断りにくいから。
それでやり続けているような気がしてなりません。

勿論、熱心なこども達がいて自主的にやって欲しいという場合もあるでしょう。
その気持ちは評価しますが、指導者不在ではクラブ活動はできません。
そういう場合は逆に、やり過ぎるこども達を制してあげるのが指導者だと思います。
また、こども達も早朝練習が親や教師にどれだけ負担をかけてしまうか、
中学生にもなればそれくらいは理解しなければいけません。

とにかく、中学生は学業が本分です。
早朝練習のせいで授業中に眠くなってしまえば、本末転倒です。
この頃は、小学校でも早朝練習をやり始めていると聞きます。
この辺で一度、早朝練習の効果と学校生活の影響についてきちんと考えて、
ダラダラと習性でやり続けている現状を整理する必要があると思います。

それともうひとつ大事なことは、
クラブの誰かや教師が早朝練習を呼びかけた場合、
自分はイヤだと思ったら、「イヤです。」と言える意志と環境を作り上げること。
この方が、早朝練習よりよほど必要だと思います。



Appendix

プロフィール

日だまりのトラ猫      (加島 一正)

Author:日だまりのトラ猫 (加島 一正)
神戸の下町で20余年、ちっちゃな塾を営んでいます。
どんな子でも自立して社会に出れば、そこそこ幸せな生活ができる。そんな世の中にしたくて、こども達と学び会う今日この頃であります。
映画を見たり、珈琲を飲んだり、犬や猫を撫でること、それに商店街のぶらり歩きと、なにより食べることが大好きな、団塊世代のじいさんです。

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