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わが商店街に、無常の風が吹き続く

今日は毎年恒例の神戸マラソンの日。
呼応してわが商店街でも音楽のイベントがあるようです。仕事場の窓からなにやら歌が流れ込んできています。
先週は海外料理の屋台で少し賑わっていた。私はタイ風焼きそばを食べました。
イベントを企画実行してくれる皆さん、いつも本当にご苦労様です。

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それでも、わが商店街街には震災後から無常の風が吹いております。
正確に言えば、震災前から少しずつ静かに吹いていた風が、震災で突風となり、未だに吹き続けているというところです。
商店街を通る度に、長年開いていた店がいつの間にか閉まっていたり、数か月前に開店した店があっという間に撤退したり、様々な哀しい風景を目にしてきました。
今日も、閉店というポスターが私の目に刺さってきました。

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66年間の洋品店の生涯、わたしの年齢と一緒です。
確かこの店には、私と同級生の女性が居たはず。他家に嫁いでいるとしても、自分と同い年の店が閉じるのを、彼女はどんな気持ちで迎えているのだろうか。感慨深い思いで、写真を撮ってしまいました。

と、もう2・3歩進んだところで、ここも店終い。なんだか、ため息が出てしまう。

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私が愛したこの商店街は、こうやって少しずつシャッターが閉まり、いずれ商店街ではなくただの通路になってしまうのだろかと、しみじみ憂いています。
自然の川が用水路になってしまい、海に恵みを運ばなくなったように、多くの日本の道がただの通路だけになったとき、私たちは心豊かな生活を送れるのだろうか。
少し大げさにそんなことを考えてしまいました。

それが心配なら、それが嫌なら、商店街好きの自分でも何かすることがあるだろう。
自分にそう言い聞かせながら、今はただうろたえているだけの自分です。
あきらめて受け入れるものと、こだわって守りたいものの区別。
ここから考えて、何か始めなければ。



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私が愛した、4つの役の高倉健さん

映画大好き人間として、最後の銀幕のスター、高倉健さんとのお別れはとても残念です。
私が初めて高倉健さんにスクリーンで出会ったのは、50年以上昔の東映映画全盛の頃です。
当時の映画はいつも2本立て上映でした。つまり、観たい目的の映画の他にもう1本おまけの映画が観られたという事です。
私が好きだった、大友柳太郎・中村錦之助・大川橋蔵などの時代劇スターを観に行ったときに、
東映では珍しいこんな現代劇映画も併映されていました。
これが、私の好きな高倉健さんの一つ目の役です。

2べらんめえ 

美空ひばり主演のシリーズもので、高倉健さんは恋人役として常に共演していました。
東映の表看板の時代劇ではなく裏看板の現代劇で、人気歌手の引き立て役に徹している高倉健さんの、はにかんだ笑い顔が何故かずっと印象に残っていました。


それから数年後、日本映画の主流が東映時代劇から日活アクション映画やや青春映画に代わり、やがて日本映画そのものが斜陽の時代を迎えていきます。
その間も、高倉健さんは時代劇亡き後の東映の看板を一人で背負って、やくざ映画というジャンルで大活躍することになります。
当時は映画の製作本数がだんだん少なくなり、各界の名優達はやくざ映画に集結しました。
生粋の東映俳優である高倉健さんは、外から東映に招かれた名優を相手に渾身の演技を重ね、
やくざ映画の第一人者となっていきました。
私はやくざ映画があまり好きではないので、この頃の高倉健さんの映画はそんなに多くは観ていません。それでも、やくざ映画の初期の作品であるこの映画の高倉健さんとの出会いは、とても印象に残っています。
私の愛した二つ目の役です。

人生劇場

私の大学選びに影響を与えた「人生劇場」という大河小説の、一つの場面を描いた映画でした。
鶴田浩二演じる兄貴分「飛車角」が服役している間に、その女房と恋に落ち結ばれてしまう若いやくざ「宮川」を演じていました。
出所してきた「飛車角」に命をかけて詫びる「宮川」の姿は、かつての美空ひばりの引き立て役だった頃の弱々しいイメージは消え、凛とした男の風格を感じさせました。

それからの高倉健さんは、「唐獅子牡丹」シリーズ「網走番外地」シリーズと、大ヒット作品で映画界の第1人者として、日本映画の灯をともし続けます。
ただ私のほうは、洋画を観る機会の方が増え、邦画は「フーテンの寅さん」か独立プロ系の作品しか観なくなりました。高倉健さんとスクリ-ンで会う機会も、ほとんど無くなっていました。
それでも久しぶりに出会って感動したのは、やはりこの山田洋次作品です。
三つ目のはまり役です。

幸せの黄色

高倉健さんが歩んできた役者としての歴史が、集約されたような演技であり存在でした。
これまで高倉健を観てきた観衆と高倉健さんの心の交流の中で、演出や台詞だけでは表せない心象風景が表れているような感動がありました。


このあたりから後、マスコミの中で高倉健さんは段々と神格化されていきました。
数多くの大作にも主演していくのですが、私はあまりそんな映画に興味はありませんでした。
「鉄道員」も確かに素晴らしい作品ですが、「居酒屋兆冶」も同様「寡黙で孤独で強い男」高倉健を祭り上げている風味で、「黄色いハンカチ」の続編ようでそれほど好きにはなれませんでした。


それでも、最近観たこの映画のこの場面はすごかった。
四つ目の感動役です。

高倉 大滝

大滝秀治さんの遺作だったわけですが、わたしは高倉健さんの遺作であると感じました。
この二人が言葉を交わす場面で、私は涙を抑えることができませんでした。
この映画をテレビ画面で見てしまったことを恥ずかしく、残念に思いました。

あくまで映画にこだわり続け、東映の看板を最後まで背負っていた銀幕のスターに、
ただただ感謝です。
たくさんの映画仲間が待つあちらの世界で、ゆっくりとお過ごし下さい。
合掌。

家鋪 隆仁「やしきたかじん」と、円広志「まどかひろし」

関西芸能界の視聴率男「やしきたかじん」は、没してなお大活躍です。
関西の鼻つまみ番組である「たかじんのそこまで言って委員会」を初め、生前から続く冠番組には今も「やしきたかじん」の冠が残されております。
その冠に高額のギャラが派生しているせいでしょうか、このところ妻・娘・マネージャー、おまけに阿倍晋三の子分である百田直樹大先生まで参加されて、修羅場が演じてられています。
他人の遺産など誰に渡ろうが関心ないのですが、一時はファンとして楽しませてもらった私としては、「やしきたかじん」さんがお気の毒にと心より同情いたしております。

私が歌う芸人としての「やしきたかじん」を知ったのは、30年ほど前に同じ歌手芸人である「まどかひろし」と共演していたラジオ番組でした。
1度は東京に出たものの失意で帰ってきた2人の歌手の、それはおもしろい組み合わせでした。
おもろい奴らが出てきよったなという感想と、「やしきたかじん」が「まどかひろし」に兄貴風を吹かせてずいぶん偉そうにしていた事を覚えています。

しばらくは一緒に絡んでいた2人は、その後大きく離れていきます。
「やしきたかじん」は、ここから徐々に上り坂を上り始めます。
持ち前のセンスと話芸に磨きがかかり、暴れ者伝説もプラスに働き、テレビでレギュラー番組を数本持ち、媚びない芸能人として高視聴率男として、関西芸能界に君臨することになりました。

私もこの頃の関西ローカルの旗手「やしきたかじん」は、最も好きな芸人でした。
ただし、歌手としての「やしきたかじん」は全く興味ありません。
この関西芸能界きっての反骨芸人が徐々に変質してきたのは、この頃からです。

たかじん

右に傾いて建っている読売グループの番組で、関西の嫌われ文化人NO1の辛坊 治郎と「たかじんのそこまで言って委員会」をやり始めたころ、私は2回ほどこの番組を見た後、ほとんど「やしきたかじん」を見ることはなくなりました。
あまりにも知性の低い討論番組で、その後回を追うごとに下品な人間の巣窟になっていったようです。

「やしきたかじん」はその後、大阪を壊すために出てきたような橋下徹と出会って意気投合し、大阪府知事と市長に押し上げました。
そして、失脚した安倍晋三と温泉に入り意気投合し、なんと彼は後に総理大臣に復活しました。
強面の「やしきたかじん」の裏に隠されていた様々なコンプレックスが、こうした醜悪な人脈へと引き寄せられて行ったのかと思われます。
それでも見た目では、ここに「やしきたかじん」は人生の頂点を迎えたようでした。

やしき&橋下

一方、「やしきたかじん」が階段を上り詰めていく間、我らが浪速の漂流芸人「まどかひろし」は、大きく売れることなく小商いをしながら、彼の大好きな「メダカ」のように、関西芸能界を静かに漂っておりました。
それでも、才能のある者は必ず大きな魚になるようで、嫌われにくい個性を買われて、使いやすいタレントとしてテレビに呼ばれる回数が少しずつ増えていき、気がつけば関西芸能界で無くてはならない存在になっていました。
今では天職のようなこの番組に出会い、押しも押されもせぬ「関西ローカル芸能人」の重鎮です。
「まどかひろし」の良さは、その人柄だと言われるようですが、そうではなく、これは紛れもなく彼の名人芸がなせる技だと思います。人柄がいいかどうかはよう分かりませんが、「やしきたかじん」ほどの強いコンプレックスは無さそうです。

円広志

太く短く好き放題に生きるか、細く長く生き続けるか、芸能界でも人生でも選ぶのは自分です。 「やしきたかじん」が好きな人も「まどかひろし」の方が好きな人も、両方好きな人も、両方嫌いな人も、「そんな奴ら知らんわ。」という人も、いろいろいると思います。
わたしは、安倍晋三や橋下徹のような他人に毒をまき散らす人間を応援する「やしきたかじん」よりも、軽妙な会話と人なつっこい笑顔で他人を癒す「まどかひろし」の方が断然好きです。

以上、意味のない芸能談義を終わります。

日々の暮らしのブログ始めました

政治に対するぼやきブログをモタモタと始めていたのですが、更新する速度が遅くなかなか進みません。そこで、逆発想で新たなジャンルの違うブログを始めて、平行して進めていこうと考えました。
まず自己紹介からです。

須磨から望む

神戸市須磨区の山上から中心街の方向を撮ったった写真です。
画面上の方に神戸で1番ごちゃごちゃした、長田区の下町があります。

塾

アベノミクスによる株高・円高の恩恵は全く受けず、消費税アップの悪影響だけはしっかり受けるという、下町の一画にある商店街の片隅に私たちの塾があります。右上の看板がある2階で、下は喫茶店です。
年寄りが多くてこどもが少ないというこの町の特徴を反映して、少ない人数で細々と日々営業しております。

私たちの塾は裕福なお家のこども達が通う進学塾ではなく、日々の学習のお手伝いをするいわゆる補習塾・復習塾です。通っているこども達の家庭環境も民族性も様々です。1人親家庭が全生徒の40%ぐらいで、親の出身地は韓国・ベトナム・ペルーなどバラエティに富んでます。
このこども達といると、巷で騒いでいる民族差別の「ヘイトスピーチ」など、愚かな馬鹿げた行為だとつくづく感じます。

私はこの地域のこのこども達が大好きです。こども達が将来自立して大人のなった時、社会が分け隔て無く公平に迎えてくれる世の中したいと願っています。そして、こども達がそんな世の中で楽しくしっかりと暮らしていける1人前の人間に成長してくれるよう、願っています。
微々たる力でやれることは限られていますが、生きている限りごそごそと努力したいと思っています。
何と言っても、こども達は側にいて見ているだけで私たちに幸せを与えてくれます。

Appendix

プロフィール

日だまりのトラ猫      (加島 一正)

Author:日だまりのトラ猫 (加島 一正)
神戸の下町で20余年、ちっちゃな塾を営んでいます。
どんな子でも自立して社会に出れば、そこそこ幸せな生活ができる。そんな世の中にしたくて、こども達と学び会う今日この頃であります。
映画を見たり、珈琲を飲んだり、犬や猫を撫でること、それに商店街のぶらり歩きと、なにより食べることが大好きな、団塊世代のじいさんです。

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