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大橋 巨泉さんまでも

大橋 巨泉さんも逝ってしまった。
永六輔さんの追悼番組がまだ続いている中で。
ご遺族のお話によると、永六輔さんが先に逝ったことを伝えなかったとのこと。
あちらの世界で思わず親友に出会えて、お二人は喜んでいることでしょう。
それに引き替え、こっちの世界は寂しいです。
私たちの心を楽しく豊かにしてくれた人たちが、次々にいなくなりました。
この分では、黒柳徹子さんには100歳以上生きてもらわなければなりません。

とっくに逝ってしまった前田武彦さんと大橋巨泉さんの伝説的番組、
「ゲバゲバ90分」の写真がなつかしい。

ゲバゲバ2

巨泉さんが「11PM」でTVデビューしたころ、
私はこの遊び人風の東京のおじさんは好きではなかった。
「教えてやろう。」と言わんばかりの物言いにもなじめませんでした。
しかし、その多彩な才能には敬意を表していました。
軽いノリ口から飛び出したデマカセが大ヒットCMになったりしました。



歳を取ってから、少し物腰が柔らかくなった巨泉さんはいい感じでした。
「人生は楽しまなくては」と教えてくれたのは巨泉さんです。
悠々と海外で暮らしながら、たまに日本に戻って鋭い言説を聴かせてくれる巨泉さんは、
とても魅力的な人生の先輩です。
民主党から立候補して当選し、すぐに怒って辞めてしまったのも、
巨泉さんなら笑って共感できるエピソードです。
民主党→民進党の始末は、私たちにお任せ下さい。

そんな巨泉さんが遺言として残された言葉。
「安倍晋三の野望は恐ろしいものです。選挙民をナメている安倍晋三に一泡吹かせて下さい。」
これからもこの言葉をしっかりと心に刻んで、バトンを受け取ります。

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生き方の師、永六輔さん

私はずっとこのひとに憧れていました。
享年83歳、永さん曰く、天皇とジェームス・ディーンと同い年。
最後の最後まで反骨心が旺盛でした。

LITERAの記事です。
自民党の改憲草案「ちゃんちゃらおかしい」
六輔七転八倒

構成作家として作詞家として大成してもその場に留まらず、
テレビなどとっとと捨てて、ラジオを永く大切にした。
好奇心の赴くままに旅に棲み、巷のひととの出会いを楽しみ、
家にほとんどいないのに無類の愛妻家で、家族を心から愛する。
たまにふらっと徹子の部屋に現れて、爆笑トークが炸裂。
黒柳徹子・永六輔の漫才は天下一品でした。
自分の事を男のおばさんと呼び、いつもケラケラ笑っていた。
人生を精一杯楽しみながら、それでも心の中は反骨の塊。
長いものには決して巻かれず、オカシナ事はおかしいと言い切り、
テレビの本番中に怒って帰ることもへっちゃら。

永六輔さんは人生の達人です。
この人の才能と話術と好奇心と反骨心と行動力は、誰にも真似できません。
私は永六輔になりたかったけれど、足下にも及ばなかった。
ただただ感謝しながら見送るだけです。
夢と道しるべをありがとうございました。

最後に、永六輔さんの代表曲を貼りつけます。
この旅番組、始めは永さんが旅先を決めておもしろかったのですが、
日本テレビが行き先に口出しするようになって、
案の定永さんは番組を降りてしまいました。
今でも番組は続いてますが、当初の番組とは似ても似つかぬものです。
いろんな人が歌っていますが、私のお気に入りはこの人です。



Appendix

プロフィール

日だまりのトラ猫      (加島 一正)

Author:日だまりのトラ猫 (加島 一正)
神戸の下町で20余年、ちっちゃな塾を営んでいます。
どんな子でも自立して社会に出れば、そこそこ幸せな生活ができる。そんな世の中にしたくて、こども達と学び会う今日この頃であります。
映画を見たり、珈琲を飲んだり、犬や猫を撫でること、それに商店街のぶらり歩きと、なにより食べることが大好きな、団塊世代のじいさんです。

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